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書く技術についてアレコレ

2019.05.21 (Tue)

あちこちで連載をしていると、たまに聞かれることがあります。
それが、

文章は、どこで習ったんですか?

という種の質問。

僕は通っていた学校(普通の公立学校)以外、ほとんど文章の勉強というのはしてません。まったくの独学です。

たまたま、というかなぜか、母が文章にキビシイ人で、宿題の読書感想文などは、「ここ違ってる!」「ここは『に』ではなく『の』!」「『ら』が抜けてる!」など、容赦ないチェックが入るのが学校以外で鍛えられた瞬間でした。

母がそんなにキビシイ人だったので、小中学校時代の作文の宿題は「また書いても、書いても怒られる」と苦手でした。ちなみに習字は両親共に得意だったので、習字の宿題も、僕の「これでイイや」ではなく、「親の納得(諦め)」が書き終わる基準だったような気がします。賞状なんかももらったことありますが、自分の力で書いた感はほぼゼロ。

高校に入っても、作文は苦手なまんま。おまけに字も悪筆(今でも)。

そんな僕が、「文章ってオモシロいな」と思えたのは、高3の現代文の太田先生の授業。生徒指導でもあったので、どっちかというと普段はガミガミ系の先生だったんだけど、作文に間してはずいぶん間口の広い人で、模範解答的な文章を紹介した後で、いつも半分ふざけたような山口君と村上君の文を紹介して教室は爆笑!「こういうのが書けると、書いてる方も楽しいやろなぁ」とボンヤリ思った記憶があります。相変わらず、書く技術はまるでなしで、書くコト自体も苦手。

今でも書く技術はそれほどあると思いません。どちらかと言うと、他の人が書かないような内容を書いている点で、書く仕事を得ている気がします。

東京新聞の以前の担当さんに、「軽妙洒脱な山田さんの文章」と言われ、「軽妙洒脱?そもそもなんて読むん?」でした。

【けいみょうしゃだつ】
会話や文章などが、軽やかで洗練されていること。また、そのさま。(コトバンクより

いやいや、そんなことないと思います。ノセ上手な担当さん。

少なくとも、
「こう書けば軽やかだろうな」
「これはモッサリしてるな」
と推敲できるレベルじゃございません。偶然、そういった感じに読める文章になっただけです。

それよりも、
もの書きのくせに、「軽妙洒脱」が読めないとは…
だと思います。

実は、読書も苦手。文学好きの母から「アレ読め」「コレ読め」と言われても、全然読む気なし。名作集やら◎◎全集など、家にはたくさんの本があったのは覚えてるけど、ほとんど読んでなかった気がします。

読むのは、国語の授業中の教科書や参考書や試験に出てくる文章のみという、必要最小限の読書量。とはいえ、浪人時代は、ものすごく時間があったので、現代文はたくさんたくさん読みました。文学作品は相変わらず大苦手だったけど、評論はだんだん興味をもって読めるようになったのが救い。

大学生になると、勉強らしい勉強をしなくなり、読む量も書く量も激減。しかも、学者先生の書く文章のなんと分かりにくいこと。唯一、ゼミ担任の宮本憲一先生の文だけは、簡単な日本語で書かれていてスラスラ読める。逆にいうと、僕の読書力でまともに文章を読めるのが、先生の文しかなかったので、ゼミ選択は一択でした。

ある時、たまたま先生と二人になった時があったので、「先生は、どこで読みやすい文章を習ったんですか?」と尋ねると、「ん~駆け出し研究者の時代に、地方新聞でエッセイを連載した時かなぁ。学者にありがちいな文章を徹底的に直されたからねぇ」と仰ってたのが印象に残っています。

そんな僕も、ネットで好き勝手書いていた文章が新聞社の人の目に止まり、新聞で連載をすることに。もともと格調高い文章が書けないので、「徹底的に直される」事はなかったけど、一文に複数の主語が入っていたり、重複表現があったり、クドイ表現になっている部分は、いつの間にか担当さんの修正が入っていました。モトの文と修正済み文を見比べながら、「こう書くとアカンのか…」「くだけた表現だけど、これはOKなのか」と自主学習。

というわけで、書く技術の習得に間しては、

編集段階でプロが修正した文章をみて学んだ

いうのが正解かもしれません。

ネット上の文章を読んでいると、難しい言葉を使いこなしている人が大勢いますね。読書量が違うせいか、僕には「軽妙洒脱」のように、意味がわからないどころか、読み方すらわからない言葉がたくさん出てきます。こんな言葉よく知ってるなぁと思います。でも、仮にそういう言葉を僕が原稿で使ってても、すべて分かりやすい言葉に置き換えて編集されます。つまり、難しい言葉を使えるようになる必要がないのです。文芸作家の皆さんに比べると、おそらく語彙力はかなり乏しいと思います。



こんな僕には、書けない時の「お助けアイテム」があります。

一つは音楽。
NANDO LAURIAの曲が流れると、なぜかスルスルと書けるんです。家事連載の原稿は、行き詰まるとたいていこの人の曲を流しながら書いてます。

もう一つは本。
こっちは「書けへん…」「もう書くの止めようかな?」という時、いわゆるスランプ時に読む、読書嫌いの僕が読む本!

文春ビジュアル文庫のスポーツ・グラフィック「ナンバー」編
激走!F1 歴史に残る30の名レース

紙に書かれたレース記録文集。それなのに、スタート前の緊張感から始まり、ドライバー同士の背景やチーム事情やシーズンポイントにまつわる経緯などが絡みながら、ゴールに向かってどんどんヒートアップしていく。もともとよどむことなく読める文が、最後には爆音で通り過ぎるスピードをも感じながら読めるんです。もともとレース好きというのもあるけど、それ以上に文章が素晴らしく、読む楽しさを思い出させてくれる一冊。

「こんな文章が書けるようになりたい!もうちょい頑張ってみようかな」
となれます。

30レースの中でも、とくに、林信次さんが書いた「1976年F1世界選手権 イン・ジャパン」は絶品。僕はそのレースをリアルタイムで知ることも見ることもなかったけど、今でも観客の一人になってレースを楽しめる名文だと思います。

その1976年のF1シーズンの主役は、ジェイムズ・ハントとその年のドイツGPの事故で大火傷を負いながら復帰してきたニキ・ラウダ。そのニキ・ラウダが5月20日に70歳で亡くなったと、今朝ニュース(こちら)で見ました。

 
18:17  |  日々の出来事  |  Comment(0)

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