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いっぺん死んでみました

2019.05.19 (Sun)

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マラソン繋がりの上原暢子さん(以下、暢ちゃん)のワークショップ、「いっぺん死んでみるWS@京都」に参加しました。

そもそも、ラン友というだけで、なんでこのワークショップに申し込んだのか?確かに先週の日曜日に祖母が亡くなり、火曜日に葬式したけど、申し込んだ時は、4月にハワイへ行く前だったし、こんなタイミングになるなんて知らなかったし…、とにかく自分でも謎ではあったのですが、「あぁ、そういうことだったのか!」と腑に落ちる機会を得たのでした。

「この先、そう長くないぞ」そう思った時、迫られるのは余計な執着を捨てること。そこで、間違ったモノに固執して、「死んでも死にきれんわ!」と思うかもしれないけど、いっぺん死んでしまったら、「まった!」も、「もういっぺん死なせて!」も通用しない。人生の最後の最後の場面で、本当の本当に一回限りの究極の選択。貧乏人にも金持ちにも、不細工にも男前にも、一回しかチャンスがない、この執着の断捨離。

ワークショップの結果、僕は最後に「自分」と「通信環境」という二つを残してました。「通信環境」というのは、途中から「なにか記録するモノ」と、自分でも書き間違えていたのに気付いてました。2月と4月にアメリカに滞在した時、とくに2月のフロリダとアリゾナ滞在で、スマホとバッテリーと4Gがライフラインになっていることを痛感したので、それで「大切なモノ」に「通信環境」(もちろん「バッテリー」も「スマホ」も書いてたけど)を書いたんだけど、実はそうじゃなかった。

「自分」と「記録するモノ(例えば、紙&ペン)」。

そして、最後の最後、自分が死んでも「記録するモノ」が残る意味は?

あ、そうか!
書いたモノが自分が死んだ後も残る(残したい)と思ってたのか!
と気が付きました。

ワークショップの後のシェア発表。
いきなり、暢ちゃんに「じゃぁ、亮さんからね」と言われ、
発言場所までの移動中にポロッと出たのが、
「ぶっちゃけ、実は、いつ死んでもイイと思ってたんですけどね…」という、自分でも驚くひと言。

ワークショップ中に思い出した、26歳の時にストーカーから殺されかけた経験。あの「いっぺん死にかけた」経験からもうすぐ26年経とうとしてたんですね。自分でも忘れていました。人生のどん底が26歳の時で、そこからいろんな人のご縁と運だけで、今の極楽生活な自分がいます。

今が人生で一番ハッピーな時だから、そりゃ「いつ死んでもイイ」と思ってたんですけど、「書いたモノ」を出し切れていない自分がいることを、いっぺん死んでみることで、「まだ死ねんわ!」と自覚。「まった!」ができてヨカッタ。

そういえば、「いろんな人のご縁と運」は、全部、僕が書いたモノを誰かに読んでもらって、「大学院に進学してみない?」「会ってみません?」「取材させてもらえませんか?」「講演の依頼したいんですが…」「テレビ出演の問い合わせです」「出版してみません?」と繋がった結果。本当に、一回も「読んで下さい」「会って下さい」「取材に来て下さい」…とこっちからアプローチをした経験がない。出版に繋がらなかった出版企画ですら、「企画書書いてみませんか?」という問い合わせがあり、「んじゃ、この機会に」と企画書書いて没に。本当の本当に営業ゼロで今の仕事をしてます。でも、売り込みこそしてないけど、Webサイトをアップできるようになった1997年以降、ほぼ毎日、いろんなコトを書いてネットにアップしていました。あの書き続けた結果が、今のこの好き勝手な極楽生活。

自分でも薄々感じていたんだけど、最近発信力が低下してます。書きたいことはあるのに、書くエネルギーがない。書くよりも寝てしまう。そして、発信することに自分で敷居を設けてしまって、書くことが好きだったのに、書いては削除の繰り返し。もう書けなくなったのかも…と思っていたところでした。

「いっぺん死んでみる」で、最後の最後に「記録するモノ」が残ったのは、そういうコトだったのかもしれません。もう、書かない方にシフトするのもアリだとも思ってたのですが、思い返せば、やっぱり自分には「書く」が大事だったんだな。ワークショップの持ち物に「要、筆記用具」とあったので、なにげなく愛用の万年筆を持って行ったのは、大正解だったわけです。

26年の時に、命拾いしてからもうすぐ26年。もう一回、生き直す、次の26年。良いキッカケをもらえました。

ワークショップ終盤の、暢ちゃんの講義「誰も教えてくれない、死に方いろいろ」は、本当にためになった。ガンで死ぬのも悪くないね。最期の日がだいたいわかってる分、自分も周囲も心の準備ができるから。逆に、「ピンピンコロリ」は残された人にとって、あんまりいい死に方ではないんだなというのもわかった。老衰はもっとタイヘンかも…など。

在宅医療で多くの患者を診とり、かつ家族とも対話してきた暢ちゃんだからこそできる「死に方いろいろ」。ワークショップとくっつけた、良いパッケージだと思いました。



 
23:15  |  日々の出来事  |  Comment(0)

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