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NHK「助けて!きわめびと」の収録がありました

2016.10.18 (Tue)

10月13日木曜日から10月16日日曜日まで、NHKの番組「助けて!きわめびと」の収録ロケがありました。
放送予定日は12月10日と17日の2週連続です。

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一日目13日は、我が家での主夫風景撮り。これはもう何度も撮られている内容で、ディレクターの「こんなのが撮りたい」に、洗濯機のあがり時間をセットしたり、事前に背景として映るであろう場所を重点的に掃除したり。前半は僕の掃除と洗濯シーン。後半は加奈子が帰ってきた晩ご飯シーン。この日、和子さんも映る予定だったのが、出張先の島根からの飛行機が機材不良のため欠航になり、急遽、島根→羽田→伊丹という帰宅経路になってしまったので夕食ロケに間に合わず。加奈子の同級生の間で囁かれる「エア母親疑惑」がますます深まることに。

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「エア母」疑惑払拭のため…ではないけど、「エア妻」だと「主夫」が偽称になるし、一応確認のため。これは10月10日の東京行き新幹線の車内。僕は「きわめびと」の最初のロケ収録のための移動。和子さんは会議での移動。前日、「明日、何時の新幹線?」という話になり、時間を確認すると同じ発車時刻。「それなら」と近くの席を予約したのでした。これで、隣の席を予約しないのが和子はん。僕は山側E列。和子はんは海側A列。間に誰も予約が入らないのを確認しての、この技。京都駅を出発して、しばらくは隣に座って仕事の話など。そのうちA列に移動して「富士山がきたら起こして」と。だいたいいつもこんな感じです。

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14日は伊丹空港から羽田空港へ。人生2回目の羽田空港。なぜかこれまで利用する空港は伊丹や関空が大半。あとはそこからの地方空港。羽田も成田もズッとご縁なし。羽田は、去年の夏、ハワイからの帰り便変更ではじめて降り立つことができたのですが、成田は未だに利用経験なし。

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ここからはワンボックスのタクシーで、ロケ地の藤沢市へ移動。画像は、途中の横浜ですね。

この先三日間は同じ運転手の車で神奈川県内二軒のロケ先のお宅と、その他の撮影地を行ったり来たり。同じ運転手というのは楽。座席のポジションもほぼ決まり。車内では撮影中に気付いた事や、次の撮影の打合せや「ここだけの話」をしたり、だいたい賑やかでした。車内の空気はディレクターさんのキャラクターを反映するのかな?今回は、とってもよく喋るディレクターさんでしたし。

ガンダム携帯を持つ運転手は、他にもアニメやサブカルチャーな話が通じる人。「ウチの娘が最近『エヴァンゲリオン』にはまってて」というと、エヴァ関連グッズのお土産を出してくれる人でした。
 
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14日は二軒の「助けて!」の一つ藤沢市でのロケでした。お宅でSOS発信した妻の話を伺い、夜まで待って駅から自宅までの公園で夫にも話を伺う内容。夕方から、急に冷え込み、公園での撮影は寒いくらい。向こうから夫さんがやって来て「はじめまして!」とよくよく顔を見たら…娘の小中学校で同期のショータ君にソックリ!思わず昔から知ってる人のような気になってしまいました。
 
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公園での取材が終わって、翌日のロケがある川崎市まで移動して、この日は終わり。夜の高速道路を東に走るロケバス車内。車内では事前リサーチでは判明してなかった事実が浮かび上がり、それに伴って展開の再構成をすることに。この車内で内容の大きな変更がおぼろげに決まることに。
 
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翌朝は、宿泊先の溝ノ口周辺を散歩する余裕も。身体を動かしてからの仕事は、頭も回ってイイ感じ。天気もロケ期間中最高の晴れ間。朝は少し寒いくらいだったけど、昼間は汗がタラタラと流れ落ちるくらい。マラソン用の下着を着ていって正解!家の外での撮影もあったので、天気がよくて最高!でした。
 
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お昼は、ロケ先のお宅の近くにある「ジョナサン」で。関西にはジョナサンがない(というか関東以外にない)ので、人生初の「ジョナサン」に。先日は、初のCOCO'Sだったし、ファミリーレストラン開拓が進んでます。
 
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午後の収録も順調に進み、再び16日の取材先である藤沢市へ。藤沢市とわかる映像が必要なので、湘南の海岸まで。運転手の言うとおり土曜日の湘南海岸は大渋滞。どんどん日が暮れてくる。日没と追いかけっこ。ギリギリまで近づいて車は運転手に任せて海岸へ!行って見て気が付いた!ふじさわ江の島花火大会でした。そりゃ大渋滞なわけです。

でも、行ったおかげで、片瀬西浜海水浴場から富士山と日没を見ることができました。
 
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反対側は江ノ島。海岸にビッチリ人人人!

撮影後は、なんとか渋滞を脱出して藤沢市街へ…と言いたいところが、この花火大会の影響で市内のホテルが満室。少し先の平塚駅前のホテルまで移動。

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晩ご飯を食べながらも打合せ。「だいたいこんな流れ」というところまできてるんだけど、僕にはボンヤリとした不安要素が…ホテルで「じゃ、明日の朝8時半で!」となったんだけど、ディレクターさんを呼んで急遽追加の打合せ。男2人がホテルのベッドに腰掛け、スケッチブックに翌日予定している作業を書いてみると…時間がかかりすぎるうえに、今ひとつわかりにくい。ん〜これは…となり他の方法を試してみて、「コッチの方がイイかな?」ということに。

ついでに、「そういえば、僕の講演では終盤にこんなセッションするんですけど」と話すと、「それイイ!それやりましょう!」ということに。これで構成がやっと落ち着き、きっと明日も大丈夫!と僕の不安も解消。23時過ぎまでの話し合いでした。

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翌朝、藤沢市のロケ先宅へ向かう前に、前日の補足的撮影。朝の国道134号線はこんな光景があっちこっちに。ランナーやチャリダーの姿も多数。「ここで走ったら気持ちエエやろなぁ」と思いながら目的地へ。
 
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江ノ島です。素通りしたことは何度かあるけど、降り立ったのははじめて。初めて来た時は、この黒い砂浜に驚いたモンです。砂浜が黒い!なんで??でした。

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朝から雲が多く、藤沢市のロケ先宅前に到着した時は、ポツリポツリと雨も。通り雨だったみたいで、その後は降られることもなくギリギリセーフでした。

前夜の変更が功を奏したのかどうか?!これは番組を見てのお楽しみですが、とにかく収録は終わり!「撮るべきものは撮った」とディレクターさんが言うのだから間違いないのでしょう。

台本の類が一切なく、スケジュール予定表だけが存在する撮影でした。撮っては考え、考えては撮る。これほどまで撮っているうちに、内容が変わっていくロケははじめて。このライブ感について行くため、頭はいつもフル稼働。これまでで一番対応能力を要求されたロケでした。ありのままをチャンと撮るってこういうコトや!というのを、改めて知ることができた撮影でした。

おもしろかったのは、撮影クルー。カメラさんは、科学番組の「ダーウィンが来た!」やその他、僕が見たような科学番組をとり続けていた人。動物や自然相手に台本や筋書きは役に立たないし、その通りに動いてくれもしない。まさに対応能力で撮る!のスペシャリスト。アフリカや南アメリカに何度も行っているベテランで、尽きることのない各地方の話は飽きないおもしろさ。なかでも毒ガスが噴出する洞窟の奥へ潜る話は印象に残ってます。

ディレクターさんも、東京局では「サイエンスZERO」などの科学番組の制作をしていた人。僕と同じくよく喋る人で、撮影中に出てくる予期せぬ発見や提案を取り込みながら、瞬時にまとめ上げていく能力はものすごいです。深さと爆発力があって、喋れば喋るほどオモシロイ人。「きわめびと」の撮影は今週末(22日)にもあるし、来月にはスタジオ収録もあるけど、それが終わっても末永く付き合いたいと思った、2人目のディレクターさんです。

音声さんは、普段は寡黙な人なのですが、ポロッと話したひと言が「えええええ!」でした。僕がテレビに一番最初に出たのは大阪の毎日放送MBSの「ちちんぷいぷい」です。関西人なら誰でも知ってる夕方の情報番組。そして、そのディレクターつながりで、次に出たのが大阪のABC朝日放送の「ナイトinナイト V.I.ぴ~」でした。笑福亭笑瓶さんとオセロの2人がゲストを迎えてロケをしながらすすめていく番組。そのスタッフとして、我が家にもロケに来たかも!というかほぼ来ていること確定という。僕が出演したのは、「V.I.ぴ〜」の33回目。2000年11月8日のオンエアーの回でした。ゲストは山田邦子さん。2004年の222回まで続いた番組の中では初期の登場ですね。今から16年も前。加奈子の妊娠が判明する直前でした。あれ以来の再会?!ものすごいご縁です。

この夜は、翌日、羽田空港から大阪へ帰るスタッフの荷物のことを考え、羽田空港に近い蒲田が宿泊地に。せっかくの蒲田なので、打ち上げはチェーン系の店を避け、蒲田らしい店で!ということで、一軒目は「皇楽苑」という焼き肉屋。ステキな完熟マダムのお店。塩カルビって美味い!でした。二軒目は、夜回りをしている皆さんに尋ねて行き着いた店「料理の凡人きらら」。店に入って、な〜んか怪しい…コテコテの蒲田と違う空気が…というか、むしろものすごく馴染みのある空気感。おばちゃんに恐る恐る尋ねてみると「あたし?尼崎」!!!!蒲田らしい店へ!と思って入った店が、尼崎のおばちゃんの店だったとは。兵庫県なのに電話は大阪06の尼崎。「下妻物語」では「ジャージ天国」「住民のほとんどはヤンキーか元ヤンキー」と評される尼崎市。そういえば、尼崎は蒲田と似たような感じかも。三件目はホテルの真ん前にある「スナック輝」。ちょうど僕らの乗るロケバスがホテルに着いた時に、ママが出勤してきて店の前に自転車を停めていたのを見てました。ママは中国人、マスターは韓国人。お客さんも東アジア出身の皆さんという感じで、これまた蒲田らしい店でした。

僕はここまでで終わりにしました。ディレクターさんはこの後、朝まで蒲田の町を徘徊していたそうな。あのロケを撮り終えて、さらに朝まで徘徊する元気があるというのに驚き。
 
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で、翌17日。起きると、グラグラグラ〜〜〜という二日酔いとも違う感覚。これは2012年10月の別府市講演の翌日のアレと同じ。これはもう自律神経を落ち着かせるしかない。ヨガ呼吸を続け、なんとか立ち上がれるように。

朝ご飯はもちろん食べられず。吐けば楽になるのかもしれないけど、前夜に炭水化物を摂取していない僕の胃袋には、もはやなにも残ってなく、吐こうにもなにも出ず。とにかく水分を摂りまくって、身体の循環をよくするしかない。

17日は、旧知のライターmazekoze研究所の阿部志穂さんのインタビューを受けることになっていたので、最寄りの四ッ谷駅まで移動せねば。ストレートに四ッ谷にたどり着ける自信がなかったので、かなり早めにホテルを出て蒲田駅まで向かう。

蒲田駅までもフラフラ。京浜東北線になんとか乗り込めたし、蒲田の次の大森で目の前の席が空くというラッキー。大井町から東京まではまったく記憶がなく、東京駅を出た時の「次は神田ぁ」でようやく意識が戻る。が、意識が戻ったばっかりの瞬間が、これまた危険タイム。立ち上がると、またまた頭から血の気が引いてクラクラクラ〜。神田の京浜東北線ホームでしばらくうずくまってました。

中央線は隣のホーム。階段を下りて、上がった時に、中央線の快速の姿が。そのまま乗ると御茶ノ水の次が四ッ谷。ところが17日の中央線はダイヤが大幅に乱れていたらしく、志穂さんからはまだ着けそうにないとの連絡が。四ッ谷麹町側の改札を前に、「もうアカン、立ってられへん」とうずくまってました。上のような画像を撮りながらも意識朦朧。しばらくみんなが通り過ぎる足下を眺めていたら、こっちに向かって立ち止まった靴。「ちょっと…抜け殻みたいじゃん。お疲れ?」と志穂さんの声。

2005年の「ケイコとマナブ」の記事から(その時の記事)11年後の主夫事情についてのインタビュー。環境は変わったのか?男性の意識は変わった?女性の働き方は?周囲の主夫の動きについてはどぉ?などなど。最初の40分くらいは燃え尽きた抜け殻のような感じで、答えながらもグラグラが続いてたけど、喋っているうちにどんどん回復。「顔色良くなってきたね」と言われるくらいに。そうなると急にお腹が減ってくるモンです。食欲まで回復したらもう大丈夫。とりあえずインタビュー中は、マラソン用の補給食を食べて乗り切りました。
  
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インタビューの後、志穂さんとカメラの新見さん(新見さんと会うのは3回目)と一緒に東京駅へ。到着した時には撮れなかったレンガと橋。この色のバランスが絶妙。好きな風景です。
 
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四ッ谷の中央線東京方面行きは、カーブを越えて入ってくる格好いい場所。この構図で…と待っいたのに、電車が来る時は話に夢中になっていて、気が付いたら時遅し。撮るために次を待つほどの「撮り鉄」ではないので、そのまま乗車。

ランチはKITTEの「博多もつ鍋 幸 とりもつえん」でもつ鍋。〆はチャンポン麺でお腹いっぱい。

京都でのロケを入れると4日間のテレビ取材と、インタビューを受けたかなり濃い3泊5日でした。濃い内容と濃い人達と過ごした、今年一番の楽しい5日間でした。そういえば、こんなに家族を置いて家を空けたのははじめて!「ただいま!」と帰ってきたら、加奈子は風邪ひいてました★チーン☆

 
17:39  |  旅行  |  Comment(0)

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