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インディカーのクジ引き予選を考える

2011.06.19 (Sun)

先週末行われた、IZODインディカー・シリーズ
その第6戦テキサスでのレースの件。
2レース制で行われたそのレース。
詳細はこちらで

2ヒート制自体は、レースの場合、雨天や事故中断でよく起こることです。ところが、このテキサスでのレースは、最初から2レース制。しかも衝撃なのが、

第2レースの予選順位がクジ引きで決まった

という点。

アメリカというと「自由競争の国」と語られるコトも少なくないですが、「競争」のためのお膳立てには、とことんチャレンジするのがアメリカだというコトを知らしめる、ユニークな方法だと感じました。

NFLのサラリーキャップ制や昨年度の成績が悪かったチームから順番に指名を行うドラフト制度など、アメリカのプロスポーツ界は、時として共産主義を思わせるような平等概念を導入してきた経緯があります。平等には「機会の平等」と「結果の平等」があるとするなら、様々な競争喚起システムの導入は、まさに「機会の平等」への介入だと解釈していました。

ところが、クジ引きによる予選順位決定は、結果にもかなり影響力をもつやり方です。

ほぼ同じ車体で競争しているインディカーの場合、これ以上の機会の平等策は存在しないように思っていました。あとは、ドライバーの技量、各チームのタイヤや燃費によるレースマネジメント、セッティング能力の違いによるもので結果が導かれ、それによる結果の差異こそが評価に値するという感じだと思います。すっかり興業化したF1よりは、はるかにスポーツ感があると思います(F1も嫌いじゃないですけどね←今年は一回もTV見てないけど)。

そのインディカーで、さらに導入されたクジ引き予選。限られた時間内に最速を記録し、スタート位置を決めるという、これまでの予選システムだけでも十分平等だと思うのですが、予選順位が無作為に決まることで、先行逃げ切りタイプだけでなく、速度ゴチャゴチャ状態から抜け出る能力も求められるので、追い抜きタイプの人にもよりチャンスが広がります。

より広く機会の平等を確保するために、あくなきチャレンジを続けるアメリカの姿勢を見ていると、やっぱりこれがあの国の原動力なんだと思います。権力介入が嫌いなはずのアメリカで、これだけ大々的に介入が行われる背景には、アメリカでのスポーツに対する哲学が根底にあるからだと思います。そして「本当に能力のある人が勝てるシステム」への果てしない模索。つねに「もっとよいシステムはないか?」と修正を加えていく姿勢は見習うべきところが大きいと思います。

スポーツというのは、社会の縮図だと捉えることができます。現実の社会では難しいようなルールを適用させることが可能なスポーツこそ、社会の実験場でもあり未来図でもあると思います。スポーツ社会学というジャンルはとってもおもしろい学問領域だと思います。例えば、2世議員比率と2世スポーツ選手比率の相関なども、興味深いと思います。
10:27  |  スポーツ  |  Comment(0)

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