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京都ローカルネタ

2007.07.26 (Thu)

「選挙は確認!」 統一選でミス連発の京都市選管

これってもしかして、加奈子の保育園友達のお父ちゃんの職場では?<選管
タイヘンやってんなぁ。

仏教系大、古都で苦戦 定員割れでイメチェンも

こんな時代だからこそ、仏教思想は、次の寛容な時代の道標になると思うんですけど。でもまぁ、マジメな坊様がいる一方で、「坊主丸儲け」的なインチキもいて、そっちがイメージをものすごく悪くしているような気がするんです。仏教学科卒業というと、「霞食べてます」もしくは「悪」というイメージでは、なかなか学生も集まらないでしょうなぁ。

そもそも、僕は宗教としての仏教にはあんまり親しみをもっていません。中には、グッズを買わせるため、墓を売るため、解釈者や伝播者の本を買わせるための仏教宗派もあります。支配の道具として利用されている政治仏教もあります。もともと宗教が政治的に利用されるケースは、歴史上も現代も多数みることができ、今さら…な部分もありますけど。

ただ、開祖である釈迦が説いた教えには、とても興味を持っています。「諸行無常」はこのブログにもたびたび登場しますし、「天上天下唯我独尊」や「因縁生起」という考え方は、脱競争という発想の一つの柱でもありアンチマッチョの中心的要素でもあります。釈迦の教え自体はとてもユニークで、宗教というよりも哲学や論理学のようなモノです。

釈迦の解いた説自体は、とてもおもしろく、現代にも根深く息づいています。それは、世界中に広がる他の信仰宗教とは一線を画すモノで、常にバランスを解き、多様性を保ちながら共存共栄を目指すアンチマッチョな思想であると思います。

ところが、それを広める方法として、介在する人物がたくさんいて、その人達が宗教に(敢えて言うなら)成り下げたところに、宗教そしての仏教の危うさやいかがわしさがあるように思います。もともと人に強制する戒律なんて無かったはずです。そういう「ねばならない」的マッチョ発想は無かったはずなのに、それがいつの間にか、「○○しないと地獄に堕ちる」となったり、「××すると報われる」みたいなのが、やがて「☆☆を手にすると良いことが起こる」「※※の墓でないと成仏できない」というような商業主義が入って、いわゆる宗教になってしもた気がします。神仏習合(神仏混淆)なんて離れ業ができたのも、いわゆる宗教だからだと思います。

実は、日本には釈迦の教え自体は、あんまり浸透していないように思います、むしろ葬祭行事仏教と排他的宗教の考え方の方が支配的であるように思います。だからこそ、釈迦の教えを体系的に研究し、解釈を加えるコトが重要だと思うのですが、実際には逆にすすんでいるようです。写経がブームなのですから、もうちょっと流れの持って行き方はあると思うんです。各地のキリスト教系大学の神学科も同様に定員割れで苦戦してるんでしょうか?ちょっと違うようにおもうのです。この違いはなにに起因しているのかね?仏教系大学の自己反省を期待したいところですが、すでに時遅しでしょうか?
14:42  |  日々の出来事  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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