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親子の関係は天賦のモノか?

2007.06.11 (Mon)

明日は、久しぶりに京都市内の方の看護学校での講義です。講義構成が変則で、なんと5講目と明日6講目の間に1か月ものブランクがあります。思い出せる学生もいれば、全然思い出せない学生もいます。そういう時は、毎回講義後に集めている「講義アンケート」を読むことにしてます。

そんな「講義アンケート」。前回は、児童虐待とその親子関係修復の話をしました。いくつかのアンケートに、虐待した親と虐待された子どもの関係を修復する難しさとそれを知ったことについてのコメントがありました。

そんなアンケートを読みながら考えたことがあります。
それがタイトルの「親子の関係は天賦のモノか?」というコトです。

女性の場合、自分のお腹に宿った存在という意味では、そこに確固たる親子関係が成立するように思われています。ところが男性の場合には、こりゃ信じるしかないわけです(疑うわけでもないと思いますが…)。妊娠と出産というプロセスを経ない以上、「生まれました!ハイ!今日からお父さん!」という法律上の父親にはなれますが、プロセス自体は「そこから」です。

ですから、男性にとって、法律上ではなく実態的な親子関係は、「徐々に築き上げるモノ」であり、決して「天賦のモノ」ではないと思うのです。ところが、これは女性にも言えるのではないかと思うのです。いくら妊娠や出産を経ていたとしても、肺呼吸をはじめた子どもとの関係は、出産後でしかないし、成長する子どもとの関係は、その時間と体験を通してやっぱり「築き上げるモノ」だと思います。

「築き上げるモノ」だからこそ、「崩壊」もあるし、「再構築」も必要な発想になります。「天賦のモノ」と認識してしまうと、実際には関係性に崩壊を起こしていても「それでも親子なんだからなんとかなる」となったり、虐待予防のために離れて過ごすと「崩壊事態が起こりえないのだから、修復など考えられない」となったりするのではないかと思います。

もしも、親子の関係も、他の人間関係と同じく、与えられるモノではなく築き上げるモノだとすると、崩壊も起こり得るし、再構築も可能になります。里親制度ももっと積極的に捉えられるはずです。

「親に育つ」という言葉が頭の中に出てきました。
関係を築く過程として、「子どもとのプロセス」があるからこそ、親になれるのです。「子どもがいる」という存在の確認だけでは、法律上の親ではあっても、実態としての親にはなれていないのではないかと思います。
11:13  |  仕事ネタなど  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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