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醍醐寺のクローン桜

2006.04.04 (Tue)

しだれ桜の老木が枯れ始めたために、老木の子孫を残そうとクローン作りを依頼したらしいのですが、それって「諸行無常」という仏教の基本教義に反してやせんかと思うのですが、どうなんでしょう?

そもそも桜が美しいのは、短い花の命が散りゆく様であったりするんじゃないのでは?それこそが、諸行無常に通ずる仏教的美しさだと思うのです。

例え、それがどんなに有名な桜であったり、美しい木であったり、大切なモノであっても、その存在を永遠のモノにしようという考え方は、仏教教義とは相容れないモノではないかと思います。

仲田順和執行長は「この桜の木を通じて、クローン技術のあり方について、世間に問いかけていきたい」と話しているそうですが、自分の属する宗教の基本ルールを無視して、「問いかける」というのは、いき過ぎじゃないかと思います。エエんですか?

「葬式の時だけ仏教徒」という方が、クローン桜作ってしもたというのなら、僕は「日本的だ」と納得できますけど。

「諸行無常」を、僕なりにだいぶん譲って考えると、「クローン桜は親木そのものではない。すなわちクローンとしてではあるが子として、この世に生をうけた、親木とは別の存在」と醍醐寺が認識しているのでしょうか?だとしたら、これは大々的に説明するべき、大事な教義解釈の問題だと思います。「みなさんに考えて欲しい」という説明放棄は許されないと思います。檀家の反発や、他の寺院からの問い合わせや批判はないのかな?

もしかして、僕の「諸行無常」の解釈が間違ってるんかな?
しっかりと勉強したことはないので、間違ってるかも。
こう思う、不信心者もいるってことです。
22:36  |  ぼやき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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