FC2ブログ
03月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫05月

旭日旗を見て

2001.07.08 (Sun)

和子さんの友達を見送りに京都駅に出掛けた。新幹線の乗り換え口で、旭日旗をもった高齢男性のグループ数人がいた。この福祉広場の「読者の声」の発言番号 58を思い出して、いろいろ考えてしまった。

彼らはおそらく、帝国海軍のOBだろう。いろんな国の人が通る場所で、手に持って目印とするのは妥当だろうか?と思った。彼らにとっては、高校・大学の校旗や社旗をもっているのと同じなんだろう。しかし、あまり良い印象をもって見ない人がいることも確かだ。僕の認識が間違っていなければ、旭日旗は軍隊以外では使用されていないからだ。ベルリン駅でハーケンクロイツの旗をもって、ナチス親衛隊OBが待ち合わせをするようなものだろう。

ところで僕個人は、国旗(日章旗)を変えよう!という意見についてはある程度の距離をとっている。太平洋戦争による侵略行為等々を、国旗を変えることで簡単に清算してしまおうという、逆にアジア諸国に対して失礼ではないか?という気がするからだ。あたかも「坊主頭にするから反省とみて欲しい」というようでならない。政治家の言う「禊ぎ」と同じ程度の軽いモノと解釈されそうだ。

僕は、当時本当は何があったのか?戦地に行った人達はなにを見たのか?なにをして、なにを感じたのか?当事者たちがそれを語ろうとしない限り、過去の歴史を故意に封印すべきではないと思う。開き直って「日本軍がなにか悪いことをしたとでも言うのか?」というのは論外だが、「国旗や国歌を変えることで…」という意見も、なにも語ろうとせず、なにも伝えようとしない現状を見る限り、非常に安易だと思う。「臭いモノには蓋」的だ。

どこの国にも歴史には明の部分もあれば暗の部分もある。振り返りたくない部分、ツライ部分をシッカリと振り返らず、ただ単に「忘れたいから国旗や国歌を変える」というのであるのなら、それは身勝手ではないだろうか?

反省の態度は、とにかくその態度をとり続けることが第一条件だ。ところが政治家などからは、未だに「失言」が続く。そういった意味では、全く反省ができていないということだ。だから、ここで国旗を変えるということは、「心からの反省なしに、形だけ変えて精算しようとしている」とみられても仕方がないだろう。十分な反省と学習ができていないということは、国旗を変える資格がないということだ。

中田英寿やイチローなど海外で活躍する人材を生み出したり、素晴らしい文化を生み出した国のシンボルでありながら、同時に、未だに戦争の反省ができないという恥の象徴としても、当分の間は背負わなければならないモノだと思っている。

(「マタニティーファッションその2」は後日、掲載します)
13:44  |  家事・子育て  |  Comment(0)

Comment

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | HOME |