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対称的な「サービス」

2001.05.08 (Tue)

今日は、親育ち子育て日記とはチョット離れますが、サービスというモノについて考えたので、チョット長目ですが日記にします。

和歌山でケアマネジャーが利用者を殺害し、口座から預金を盗むという事件があった。あってはならない事件であると同時に、起こるべくして起こった事件であるとも思える。

さて、コレとは別に、今日(5月6日)の「特命リサーチ200X!」(日テレ系)で、「一流のホテルとは?」を取りあげていた。とくにリッツ・カールトンホテルのサービスについて、印象的な紹介があった。

ある客がビーチチェアーを片付けているスタッフに「全部片付けずに、一つだけ残して置いて欲しい」と注文した。彼(客)は、誰もいないビーチでプロポーズをしようと思っていたからだ。それを聞いたスタッフは、自分の判断でテーブルや花、シャンペンを用意して、プロポーズの場所をセッティングしたという内容だった。もちろんプロポーズはうまくいったという結末だった。

僕は、このスタッフが“自分の判断で自主的に”サービスをしたというところに驚いた。もっと驚くのは、この花やシャンペンの費用は、ホテルがスタッフに、自分で考えて柔軟にサービスを行えるようにと、2000ドルの決済権を与えており、その範囲内のサービスだということだ。

「リッツ・カールトンは、その分の宿泊料を取っているではないか」と思う人もいるだろう。しかし、2000ドルのお金をサービスのために、自分の判断で使ってよいという状況の下で、横領したり着服したりせず、客の満足のために使い、また客の満足がそのまま自分の仕事のやり甲斐につながるというあたりに、サービスとはなにか?仕事の満足とはなにか?を考えずにいられなかった。

もちろん、そういったスタッフ独自の判断や決済権は、長い目で見れば、期待以上の満足を得た客をリピーターとしてホテルに呼ぶことにもなる。ちゃんとモトは取れるようになっている。しかし、この世の中には、利用料をを客(利用者)に支払わせながら、「サービスしてあげている」という意識の者もいる。さらには命やカネを奪う者さえいるのだ。

同じ「サービス」という言葉でくくられながら、和歌山のケアマネとリッツ・カールトンという、こうも差のあるモノを見せられ、仕事への主体性、仕事への評価、仕事のやり甲斐などなど、いろいろと考えさせられてしまった。
16:47  |  家事・子育て  |  Comment(0)

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