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祖母を見送りました

2019.05.15 (Wed)

5月12日(日)午前7時45分頃、家の電話が鳴る。今どき、だいたいの用事は携帯電話にかかってくる。家の電話が鳴るのは、発信先がほぼ決まっている。しかも日曜日のこんな時間に。

いい話じゃないのに決まっている。

そして、それは正解でした。
祖母の訃報でした。

約一週間前に「延命措置を希望しない」という本人の意志を実行し、祖母への点滴の管が外されたというのを聞き、「もうすぐだろうな」と思っていたところ、10連休が過ぎ、連休明けの週も過ぎ、「あれれ?」でした。ずっと落ち着かない日々を過ごしていただけに、少しホッとしたというか、「とうとう…」という気分でした。

祖母は、104歳と42日の天寿を全うしました。

1915年(大正4年)の生まれということは、第一次世界大戦(1914-1918)の間に生まれたということ。…ということは、世の中に、まだ帝政ロシア、オスマントルコ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国が存在した時代。その帝政ロシアは、祖母が2歳になる少し前に二月革命、七月蜂起、十月革命を経て、ボルシェビキ政権である「ソビエト連邦」になる。

調べていて知ったのですが、同じ年に、僕には馴染みの研究者である、経済学者のポール・サミュエルソンが生まれているんですね。そして、同じ年の8月にはイングリッド・バーグマンが誕生!なんという歴史的な年だったのでしょう。

14歳の時に世界大恐慌、24歳の時に第二次世界大戦、26歳の時に太平洋戦争。30歳で終戦。その間に、僕の母も生まれているわけです。社会情勢も自分史も、まさに激動の30年間を生まれてから過ごしてきはったのですね。あらためて振り返ると、すごい人生です。終戦から74年経った今年、人生の幕を下ろしたわけですが、歴史的にみると、本当にご苦労様でしたとしか言い様がありません。大正時代に生まれ、長い昭和時代を過ごし、30年あった平成時代を生き抜け、令和時代を少しかすめ、元号を4つも生き、極楽浄土に旅立ったわけですから。

僕がまだ小学生だった頃の年末、高槻の祖父母宅へ帰省する前に、テレビが壊れたと聞かされました。今年は紅白が見られないのか…と思ったら、当時出たばっかりの「音声多重」テレビが、到着した祖父母宅にドドンと。こういう買い物を「どうせ買うなら、長く使えるエエのをドンと」という感じで買ってくるのが祖母でした。

そういえば、お通夜に集まった親族の皆さんにもお伝えしたのですが、僕の遺伝子検査・DNA検査の結果が「ハプログループA」だった(この記事)ということは、祖母とその子や孫、ひ孫たちは、全員、ハプログループが「A」だということです。もちろん、父方から遺伝子情報がみんなに加わっているので、濃い薄いの差はあれど、あの場に集まったほとんどの人間に、祖母系統の遺伝子情報が流れているという、なんだかオモシロイ集団だったのですね。

まだ、落ち着いて、葬式のことを振り返る余裕がないのか、昨年7月に義父を亡くした時ほど、急展開でもなかった分、心の準備ができていたのか、ここ数日のことがアッという間に過ぎてしまい、上手く言葉になりません。いろいろあったはずの祖母の思い出も、今ひとつ思い出せません。不思議です。ただ、一連の式の中で「ほぉ!」と思ったのは、喪主である僕の母が、最後に挨拶をしたのですが、その話は僕がいうのもなんですが、長すぎず、とても良くまとまっていて、いい文でした。あれでアナウンサー並とは言わないけど、発声がチャンとしていたら、なかなかのスピーチだったと思います。

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極楽浄土の居心地はどないですか?
 
23:45  |  日々の出来事  |  Comment(0)
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