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在日米軍といえば

2011.10.26 (Wed)

僕が卒業した大阪市立大学には、当時まだ太平洋戦争後の在日米軍兵舎が大学構内に残っていて、そこがクラブの部室として使われてました。

そんな学生生活のある日、大学の近所のクリーニング屋に服を持って行ったら、そこのオヤジさんが「うわぁ~こりゃ懐かしいなぁ」と声をあげました。僕が持って行ったのは、米軍払い下げのジャケットで、当時はMA-1というフライトジャケットが流行ってましたが、そうではなく太平洋戦争直後仕様のいわゆる軍服で、肩には部隊章までついてました。どこかの古着屋で500円くらいで買ったモノでした。

「いやぁ~この服を着たアメリカ兵がこの近所にもイッパイ居てなぁ」というオヤジさんの話は、なかなか興味深いものでした。

「最初に駐留したのは召集兵の部隊で、彼らはチャンと教育されたエエ人達やったんや。『チョコレート!』ゆーたら投げてくれたりしたんや。こっちの人間にも親切で、日本の軍人(軍関係者のコトだろうけど)よりズッと親切で、敗戦してよかったと思ったくらいや」

「ところが、次に来た部隊は志願兵の連中で、こいつらは柄が悪ぅて、あっちこっちでいざこざ起こしよってなぁ。おおからアメリカでも居場所のないヤツらがコッチに暴れに来た感じやったなぁ」

ひとことで駐留米軍といえども、その部隊によって、まったく性質が違ってくるという話でした。

そういえば、僕が社会福祉士の実習施設として通った児童養護施設の「聖家族の家」も、設立は駐留米軍のオライリイ軍曹によって進められたと聞きました。

沖縄の普天間基地移設問題がニュースでも取り上げられていました。僕は軍隊は「無くてすむのなら無い方が良い」というスタンスなので、沖縄どころか地球上からも無くなる方がイイと思ってます。でも、基地の街で暮らす人達(とくにオヤジさんの話でいうところの「エエ人達」と接する人達)にとっては、スパッと切れる話でもないだろうなと思います。短期的な目標と長期的なビジョンの両方を出して、そこを繋げる提案を政治家には期待したいです。
14:01  |  日々の出来事  |  Comment(0)

鏡に映った自分をどう感じるか?

2011.10.26 (Wed)

今朝の毎日新聞の異論反論で城戸久枝さんの「対中感情が好転しません『今』の中国、見極めよう」という記事が載っていました。その内容に関して、ほぼ同じ感覚を僕ももっています。ただ、僕が常々思っているコトで、その記事に書かれてなかったコトもあるので、ここに書き留めておこうと思います。

結論からいうと、「どの中国と接するかは自分次第」です。中国には、日本の約10倍の人がいます。中国国外にいる中国人を含めると、もっと多いはずです。ということは単純に考えると、1億人に1人しかいないであろう賢人は、日本には1人でも中国には10人いるはず。「仕事のできる人」の数も10倍なら、「仕事しない怠け者」も10倍。量的な差だけでなく、10億人に1人の逸材も生み出す可能性も秘めていることになります(ものすごく単純ですが)。10倍賢い人がいると同時に、10倍アホもいる可能性も。(国民性というモノもまったくゼロではないでしょうけど、個体差も10倍あると考えてイイと思います)

その中国人や中国系人のどの層と出会い、交流ができるかは、自分次第だと思います。「中国人は嘘つきばっかり」「トラブルが起こってもすぐに無かったことにする」「手厚くしていたのにアッサリ裏切る」などなど、政治経済外向的な問題も含めて、中国の否定的な話を聞く機会も多いですが、それをそっくり自分に返した時、ウソをついたことのない自分か?臭い物に蓋をして知らんぷりしてないか?他人のモノを自分のモノのようにして使ったことはないか?と自問すると、誰しも一つや二つは心の奥でズキッとするものです。

さいわいにも、僕は立派な中国人や勇気ある中国人、優雅さや寛容さをもつ中国人と出会うことができました。中国人の中からそういう人を選んで付き合ったわけではなく、たまたま出会ったそういう人達が中国の人だったというだけです。もちろん、「え?」「はぁ?」という中国人と接することもありました。でも、イイ方の印象がより強く残っています。

以前アップしたブログ記事中に、僕は動物写真家の岩合光昭さんの言葉を紹介しながら関係性に触れたものがありました。

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自分の攻撃的な姿勢は、同時に相手の攻撃性も引き出してしまう。動物写真家の岩合光昭さんが、「英語でしゃべらナイト(NHK)」の中で「(被写体の動物が岩合さんを)敵と思うかどうかはこちらの態度次第」と話していた。自分の態度は、話や文字だけでなく、表情や仕草などに、知らず知らず表れ相手にも伝わるものだ。「なんで、みんな僕と打ち解けてくれないんだろう?」には、打ち解けていない自分がいるはずだ。「僕の周りには信頼できる人がいない」のは、自分が誰も信頼していないからだろう。だから、「そのままの自分」と付き合って欲しければ、相手の「そのまま」も受け容れないと関係は成立しなくなる。「僕は楽にしたい。でも、君はいつもキレイでキチンと元気でいて欲しい」というのは、構造上成立しないはずだ。
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身近な人との関係も、国を越えたつきあいも、自分を映す鏡のようなモノだと思います。

悪口ばっかり言う人は、きっとそういう層の人達としか出会えない人です。その人と一緒になって僕も「そやそや、あいつらアホやで」と言ってると、その場は楽しいかもしれませんが、その悪口を言う人は、今度は僕の悪口を「あいつ、こんなこと言いよってん」と他の人に言います。悪口でしか他人と関係を築けない人です。そんな人が鏡に映った自分でいいのか?と思えれば、きっとそこからは距離がおけるはずです。

先日、facebookで「最近、素敵な人とたくさん出会う」「知り合った人が実はスゴイ人だった!ってのが続いてる」と載せていた友人がいました。遠くから見てると、その人自体ももともと素敵な人だし、最近ノッてきてるなぁ~というのがわかります。だから素敵な人やスゴイ人と出会えてるんです。

今朝の記事を見て、その人のことや、僕の出会った中国人(中国系の人も含めて)の皆さんを思い出しながら書き留めてみました。
10:27  |  日々の出来事  |  Comment(2)
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