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虐待への心理推移構図

2010.06.28 (Mon)

児童や高齢者に対する、虐待の心理的な推移構図を説明している映像がありました。もともとは、明後日の講義の映像資料として、「ユニットケア」で起こった職員の入居高齢者への虐待を取り上げた番組を紹介しようと思ってたのですが、そこで、「これは高齢者に対しても、児童に対しても同じ」という虐待への心理的推移の一つが語られていたので、テキスト化してみました。

「クローズアップ現代」2006年11月 7日(火)放送
「なぜ介護の現場で虐待が(NO.2322)」
より
ゲスト:高口光子(介護アドバイザー)
(逐語ではなく読みやすいようにアレンジしています)

国谷「一人一人を尊重したケアを行う、このユニットケアは利用者にとってみれば、満足度が高まることが期待できるシステムではないかと思うのですが、(各地の)現場をご覧になって、職員が抱えている肉体的精神的ストレスについてどのように実感されてますか?」

高口「ユニット別にケアを実施すると、職員一人が一人で見て、感じて、考えて、判断するということを、繰り返し要求されます。そのことのシンドサというのが一つ。それに、そのことを(一人だから)場面共有できないこと、分かち合えないこと、またはそれをディスカッションしにくいということが、ときに職員を追い詰めるというのがありますね。さらに深刻なのは、一人夜勤というのがあって、職員の動線がすごく長くなるのくわえて、20人や30人を職員一人で看なければならない。ユニットケアを導入したとしたからといって、人数体制はなにも変わってないわけですから、肉体的にキビシイということがありますね。もともと一人に求められる要求が(他のタイプの介護施設に比べて)高く、そのうえ夜勤という決定的に独りぼっちということになると、その職員のストレスというのはかなり高いモノだと思いますね。」

国谷「実際に、虐待というところにまで踏み込んでしまうのは、どういう心理なんですか?」

高口「まずは、自分が見たこと、聞いたこと、感じたことが共有できない。また、それが言葉でうまく言葉で表現できない。仮に発言したとしても、無視されるとか、バカにされるとか、軽んじられるとか、「どうせ自分が言うことなんかわかってもらえないんだ」というふうに、主観的に独りぼっちというんですか、「誰も自分の気持ちはわかってもらえないんだ」というのがあります。そこに一人夜勤に代表されるような、物理的な一人状態が加わります。そこに、お年寄りがやってくるわけですよね。そして、暴力をふるうとか、唾を吐くとか、自分にとって思わぬ行動を繰り返し行われた時に、一人で向き合っていかないといけなくなります。そうすると、「この場をなんとか一人で乗り切らなきゃいない」という状況から、「わからせてやろうか」という気持ち、つまり「叩けばわかるの?」「つねればわかるの?」という気持ちが生じます。それともう一つ別に、「どうせ相手はお年寄りなんだから、認知症なんだから、わかりゃしないさ」「手を縛ろうが、薬を飲ませようがわかりゃしないさ」という気持ちも加わります。「どうせわかってもらえない」という気持ちがさらに追い詰められていき、そういう現場の状況に遭遇すると「わからせてやろうか」または「どうせわかりゃしないさ」という二つの気持ちに変わってきて、非常に厳しい状況(=虐待)になるということですね。」


「虐待してしまった」「虐待しそうなほど追い詰められている」という打ち明けられた時に、「アカンやん!」「なんでそんなことを!」と答えるのは、最初の「どうせわかってもらえない」という気持ちを加速させ、虐待の解消には逆効果を与えるということですね。

例えば、カウンセリング技術では「よく、そのことを仰ってくれましたね。苦しかったでしょ?」と回答例で見かけたりします。でも、虐待の告白に対して、例のように答えるのはなかなか難しいですね。よっぽど虐待を打ち明けられ慣れている人でないと、たいていの人は「えぇぇ!?!?」と反応してしまうと思います。それが身近な人であればあるほど、その傾向は強いと思います。せっかく打ち明けても驚かれ、狼狽され、あげくに叱責されたのでは、ますます状況は悪化してしまいます。逆に、打ち明けられ慣れている人がいるという状況にも、哀しいモノを感じます。少なくとも、虐待への心理的構造と対処法を、知識として心にとどめておくべきだと思います。
19:03  |  家事・子育て  |  Comment(0)
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