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加奈子の手紙をスキャン!

2010.05.25 (Tue)

dear_santa.jpg
(↑画像はクリックで拡大します)
紙類をスキャンして、机の上の書類を少し片付けました。その中に、以前から宿題として置いていた、加奈子の手紙や作品もスキャンしました。上は、その中の一つです。

「サンタさんへ
 わたしのお手紙はどうでしたか?
 毎年プレゼントありがとうございます。
 おれいにこれをどうぞ。
 おいしいとよいですね。
 つぎのクリスマスもがんばって下さい。
 楽しみにしています。」
「わたしは二かいでねています。
 くつしたに入れば くつしたに入れて下さい」
「ぱぱとままは サンタさんに あったことがあります。」
「日本人のかなこより」

クラスでも残り少ないサンタ信仰者となった加奈子ですが、
一所懸命、正体不明のオジサンへ丁寧に手紙を書いてます。

4行目の「これ」は、この年は確かジュースと飴だったと思います。
外国人だろうと思われるサンタの口に合うかどうか気になったのでしょう。

ちなみに、僕と和子さんが会ったサンタは、
フィンランドのロヴァニエミにあるサンタ村でのことです。
日本語も堪能なサンタさんでした。
15:59  |  家事・子育て  |  Comment(0)

「バランス」を東洋人が忘れている?

2010.05.25 (Tue)

「ワーク・ライフ・バランス」という言葉は、決して、仕事と私生活を50:50にすることではありません。そのことは、僕が言うまでもなく、いろんな方が発言したり書いたりしています。しかし、語感としての「バランス」は「右と左のバランス」などに使われるように、(理想は)50:50的な解釈で使われています。

この「バランス」を「調和」と言うと、50:50的な感覚ではなく、もう少しお互いが入り交じった感覚で、スパッと2分割された語感ではないと思います。

もともと東洋においては、陰陽を表す太極図に見られるように、二極調和を考える場合でも、陰と陽の境を50:50的直線で示すのではなく、お互いに影響し合う相互作用関係として、曲線で捉えていました。

それがいつの間にか、「バランス」と捉えた時に、50:50という非現実的な解釈にすり替わっているのです。本来、東洋人が備えていたはずの感覚は、いつのまにか「ON or OFF」というようなデジタル信号的発想に変換されてしまっていて、それゆえに「ワーク・ライフ・バランスなど無理」という解釈になっているのかもしれません。

ワーク・ライフ・バランス自体は、英語圏でも決して50:50的解釈ではなく、当初は「家庭の不調は仕事にも悪影響を及ぼす」というメンタルヘルス分野から出発していました。つまり、お互いに深く影響し合うものとして「バランス」を使っていました。

ところが、日本に持ち込んだ時に、その「バランス」が固定的なモノとして解釈されてしまい、こんにちのワーク・ライフ・バランス概念の行き詰まりを生んでしまっています。

もはや「バランス」という言葉に相互作用のイメージを付与できないなら、言葉を言い換えて「ワーク・ライフ・シナジー」と言ってはどうか?という意見もあります(小室淑恵さんなどが提唱しています)。

ですが、東洋人はもともと素晴らしい「調和」に対するイメージをもっていたのです。「バランス」を「調和」と言い換えることで、もしも、相互作用的なイメージが導けるのであれば、僕は、「カタカナ語がキライ」として「ワーク・ライフ・バランス」を「仕事と生活の調和」と無理矢理訳させた小泉純一郎の功績もある意味大きかったと思います。もしも、彼がここまで読んで「バランス」を「調和」とさせたのなら、とても興味深いことです(そんな読みはなかったと思いますが…)。

英語的な解釈と日本語的な解釈とは、ときに大きくズレることがあります。
「テンションを上げて○○する」
は、今の日本語的には、「気持ちを鼓舞して」「気合いを入れて」という語感ですが、以前、英国人のアニルさんは「アカンアカン。テンション上げると持ってる力は100%出せへんで。リラックスして望むのがベストやん」というようなことを言っていました。

例えば、日本語でいう
「頑張って!」「頑張りや!」
と声かけするタイミングで、英語圏の人が「Relax!」と声かけしてる風景をよく見かけました。日本語で「リラックスしぃや!」というと「はぁ?これから勝負やチュ~のに?」になりますね。

「バランス」という言葉も、こんな感じでズレているのだと思います。だけど「バランス」の起源はもともと東洋思想だったのでは?という内容でした。
10:34  |  男の家事  |  Comment(2)

靴業界のニッチ

2010.05.25 (Tue)

昨日、映画の後、加奈子のレインブーツを探して、四条界隈をウロウロしたあげく、この梅雨前のシーズンだというのに、それらしきモノを売っている店にまったく出会えず、徒労な数時間を過ごしたのでした。

幼稚園児、保育園児向けと思われるキャラモノ柄の長靴は、いくつか見ることが出来ましたが、ちょっと大きくなった小学生中学年から中学生前半くらいまでの生徒向けのレインブーツがトンと見当たりません。膝丈のレインブーツや作業用の真っ白長靴は、もう少しサイズの大きいラインナップからです。

家に帰って、通販サイトでいくつか見付けることができました。さんざん歩いて、結局通販サイトというのに、どうも釈然としない気分でした。歩く時に使う靴を、歩いて探せないという…

年頃の子ども向けのレインブーツと同様、もう一つ靴業界には谷間があります。それが僕のような足の小さな男性向け市場です。僕の足のサイズは、23.5~24.5の間です。このサイズの成人男性向け靴を買おうとすると、数が少なく値段も高めになります。スニーカーの類にこのサイズは存在せず、キッズ用かレディース用になります。でも、オッサンの足にキッズ&レディース用では、足の幅や足の甲の高さが合いません。

もともと靴の値段や衣類の値段は、サイズによって値段が変わることがありません(オーダー物は別ですが)。XLサイズもSサイズもたいてい値段が同じです。使われる材料の量が全然違うのに値段が一緒。つまり、小さいサイズを買う人達が、大きいサイズを買う人達の材料費差額分を負担しているのです。

これを改善せよ!などと言いませんが、せめて小さいサイズを切り捨てないで欲しいのです。仮に、靴業界の人が背の高い人達のみで構成されているとしても、市場には小さな男性もいますし、大きな女性もいます。また、中途半端な足のサイズで適当なレインブーツがない潜在購買層も存在するわけです。

不況だ不況だと言う前に、まだまだ隙間だらけの商品構成であることを知って欲しいと思いながら、昨日は娘と四条の町をウロウロしました。
09:17  |  日々の出来事  |  Comment(2)
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