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夫の定年退職、妻の7割「不安感じる」 NPO調査

2007.07.03 (Tue)

夫の定年退職、妻の7割「不安感じる」 NPO調査
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夫が定年退職を迎えた時、どう思う?。神戸市のNPO法人が、団塊世代の夫を持つ妻約150人の「本音」をアンケートした。複数回答で109人が「心よりおつかれさまと言ってあげたい」と答えたが、99人は「もろもろの不安を感じる」。
(中略)
「もろもろの不安」の内訳は複数回答で、「夫がどうやって毎日を過ごすのだろう」(53%)が最多。次いで「経済的なこと」(45%)、「自分の自由な時間が奪われる」(40%)、「夫の世話をする時間が増える」(36%)と続いた。

「退職後の夫に望むこと」は、「ある程度の年齢まで働いて」がトップ。「料理ができるようになって」「家事を手伝って」などの注文も目立った。

自由回答欄には、夫在宅ストレス症候群になりそう▽朝8時から夕方6時までは別行動したい▽時間を持て余し、妻の行動に口出しするのが目に見えている。つかず離れずが理想――などの意見が並んだが、「刺激が強すぎる」として冊子には掲載しなかった。

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ある程度のイメージはありましたが、こうやって数字に表れると、現実感ありますね。

一番の問題は、妻がこういう不安を感じていることに、夫が気付いていない、あるいは無関心という点ではないかと思います。気付いたり関心がありさえすれば、「退職後どうしようか?」という気持ちや会話が生まれるんじゃないかと思います。

定年退職後の夫行動パターンは、大きく4つに分類できます。
その中で問題になるのは、以下の3種類。

1.一日中ゴロゴロ粗大ゴミ、テレビがお友達
2.どこでも妻にベッタリ背後霊、濡れ落ち葉
3.仕事が趣味に変わっただけの道楽男

この主体性と協調性の二つ軸で分類すると、

1.の「粗大ゴミ」は、主体性×協調性×
2.の「背後霊」は、主体性×協調性○
3.の「道楽男」は、主体性○協調性×

主体性も協調性もバランスよくとれる第4の分類枠に入ることが大切です。この枠の男性が、いわゆる「いい男」なのではないかと思います。

最近の講演では、前半に必ずこの話を入れています。女性の多くがここでググッと聴き入るのを感じてましたので、asahi.comの記事もなっとくです。
12:02  |  日々の出来事  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

ん??どうしたモノか…

2007.07.03 (Tue)

仕事上、といっても講演や講座の内容についてではなく、その周辺のコトで釈然としないコトが若干あり(若干でもないんだけど)、あれこれ考えてます。自分の中では、一つの決断地点に来ているように思ったり、「いやいや、そんな大袈裟なモンでもないやろ」という思いもあったり。

いろんな講師のいろんな言葉が頭の中を巡ってます。こんな葛藤、皆さんはしないのかな?

講演の中身への葛藤や悩みは、それがどんなにしんどくても「もっと良いモノにしたい!」「一人でも理解してもらうため!」という思いが一直線なので、全然問題ないのです。でもねぇ、戦略的なコトに関しては難しいです。とくに業者とのお付き合いは難しいです。

かなり悩んでます。
09:28  |  仕事ネタなど  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

地方大学の財政難

2007.07.03 (Tue)

今朝のニュースで、地方大学の財政難について取りあげていました。弘前大学と三重大学が取材されてました。A4一枚に2ページ分印刷して、さらに裏表印刷。廊下の電気も普段は消して薄暗?い。私立大学なら、そういう光景を見るだけで、学生の募集が減りそうな感じです。実験器具がそろわず、研究テーマを機材に合わせるという、研究機関としては本末転倒な現実。

いくつか論点があると思います。僕は基本的に、大学が多すぎる気がしています。ですが、そのうえでもある程度は残していくべき大学も存在していると思っています(この辺の「どっちやねん!」感がマッチョ筋には理解されないところですが…)。

市場原理主義的にみると、この供給過剰な状態ではじめて「競争」が起こり市場が活性化する!という理想的な状態でしょうけど、実際にはそんな競争は起こってません。官僚の出身校に予算が集中配分されること(ホンマの市場原理主義はこの不平等な予算配分の是正も主張するのですが…)によって、淘汰のための「競争」が持ち込まれているだけです。決して活性化には向かってません。

淘汰は淘汰で良いとしましょう。実際、多すぎると思いますし。ただ、この一方で進められる「博士号をもった人を増やしましょう」という文科省の方向性とは、相容れないモノがあると思います。博士号をもったフリーターが問題になってますが、この事態との整合性はどうみるのか?疑問があります。

結論としていえるのは、この先、ますます地方は衰退するでしょう。「大学一つでそんなに変わらない」という見方もありますが、僕は大学の可能性も無視できないと思ってます。ある地方都市に転勤した友人がポツリと「学生の姿が見えない町には希望や未来を感じられない」と言ってました。彼が言うには、「例え、プラプラしてても、遊んでばっかりであったとしても、そんな存在を許容できる町には、『なんかやってみよう!』というヤツも居場所がある」なんだそうです。彼も「自分が学生だった頃は、ハメを外す学生に『アホや』と思ってたけど、実はそのハメ外しすら町の活力源であることが、この歳になってわかってきた」と。僕も同感です。「学生=町の活性化」という公式がどこでも即当てはまるとは思いませんが、やっぱり大学が持ちあわせる可能性は否定しきれないと思います。
08:59  |  ぼやき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)
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