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「神宗」といえば

2018.09.18 (Tue)

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先日の台風21号が通過した際、近所でもお地蔵さんの屋根が飛んだりしたわけですが、そのお地蔵さんの向かいにある家の門(校門のような鉄製のガラガラ引くタイプ)が倒れていたので、お地蔵さんの屋根を直したついでに、門も起こしてレールにはめときました。

一昨日、その家の息子さんが、お礼に来てくれました。その時、この「神宗」を頂きました。なんと懐かしい「神宗」。大阪で暮らしていた頃は、あっちこっちのデパートで「神宗」の店を見掛けたもんです。

そういえば、京都に来てから一回も見たことがない気がする…と思って、京都人の和子はんに「神宗って知ってる?」と聞いたら「知らんわぁ」と。大阪の塩昆布や佃煮の老舗なんですけど、京都に入ると、あんまり知られてないんです。京都の高島屋にも「神宗」入ってるんですけどね。

僕の周囲の人も、京都ネイティブの人は「知らない」という人が多数。一方で、ちょっとでも大阪と関わりがあった人は、「あぁ神宗!」という感じ。

僕はたまたまデパートの配送部門で働いていたこともあり、神宗はその時、お祝いのお返しかなにかで山積みされているのを見て、初めて知りました。

そんな「神宗」とのご縁だけど、大阪は他にも塩昆布や佃煮で有名な店がいくつかあります。

僕が27歳の時だったか、社会福祉士の受験資格を得るために実習していた児童養護施設でのこと。食の細い小2の女の子がいて、ご飯はいつも最後まで食べてる子でした。実習生の僕は、その子の食べ終わりまで待たないと、食器の片付けができない。
「ユミちゃんって、ご飯いっつもユックリやなぁ」
「ん~好きなおかずがないねん」
「好きなおかずってなに?」
「とこわか!」
「とこわか?」
「うん。お姉ちゃん(女性職員さん)がアソコに隠してるねん」
ガサゴソ
「これ!」
「塩昆布か?!」
「これやったら、ご飯なんぼでも食べられるけど、勝手に食べたら怒られるねん」

そりゃまぁ塩辛いしたくさん食べるモンではないですな。
というわけで、その日の担当職員さんに確認すると、二切れだけOK!だったので、ユミちゃんのご飯に添えたら、アッという間にお茶碗のご飯がなくなった。
ということがありました。

「とこわか」とは松前屋の塩昆布。神宗本店が大阪中央区の淀屋橋にあるのに対して、松前屋は心斎橋が本店。キタとミナミという感じです。僕が通っていた施設は東住吉区だったので、松前屋の方が馴染みだったのかも。

小学二年生にして、好きなおかずが塩昆布とは…。

そういえば、あれから21年。ということは、小学二年生だったユミちゃんは、今、28,9歳!!アラサーでないですか!立派な大人の女性だ。あの施設で出会った子達は、今、元気にしてるんでしょうか?知る手がかりもないけど、どこかで元気に暮らしてたらイイなぁ。

頂いた「神宗」をご飯に乗せて食べていたら、ふと、大阪で暮らしていた頃のことを思い出したのでした。

 
23:49  |  日々の出来事  |  Comment(0)

ラン友の皆さんとBBQ

2018.09.16 (Sun)

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先月19日の、やんちゃ村京都一周4分割マラニックその4に参加した時、ご近所ラン友の山本さんと「またイベントやりましょう」という話になり、マラソンシーズン前に集まってご飯をすることに。

ランニングは、当初、ホームコースである北堀公園を予定していたんだけど、台風21号の影響でコース閉鎖が今も続いている状態。そこで、京都教育大のキャンパス外周を走るコースに変更。キャンパス内に大木がゴロゴロ転がってはいたものの、コースはかなり広くて走りやすく、ほどよくアップダウンもあって、トイレもあるし自販機もあるし、なかなかいいコース。

ただし、今日は、一昨日までの涼しい気候から一転。かなり蒸し暑く、ユックリ走ペースにしても、なかなかのシンドサでした。結局、コースでは1時間程度の軽いランニングに。
 
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走り終わって、今度はご飯。皆さん、ご近所ランナーなので、一度家に帰った後、着替えて再登場。今回も、ウェーバーの47cmグリルが大活躍。

一回目の炭起こしが今ひとつのつき具合だったので、再度、炭起こし。今度は燃えさかる感じに火がつき、ステーキ肉を焼くのに十分な火力に。
 
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「盛り付け」もへったくれもない、肉を切っただけ。それでも美味しく見えるし、美味しかった。しかも、スーパーで30%Offになっていた特売アメリカンビーフ。

1枚目よりも2枚目、2枚目よりも3枚目の方が、イイ感じに焼けるところは、焼け具合番をやってくれた川島さんのおかげ。中盤は山本さん、最後の焼きそばは佐藤さんが担当。
 
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ステーキの後は、焼肉へ。ステーキ用の火力で薄い焼肉用の肉を焼くとアッという間。ウェーバーのグリルは熱の回り方も効率的なようです。これ一つあれば十分かも。

ステーキはともかく、焼肉には、買った時の付属の網では、網目が広すぎるので、使い捨て焼き網を購入。ちょうど、ランニングから帰ってきて、シャワーを浴びて、洗濯物を干し終わったところに届いた、ドンピシャ製品。47cmピッタリの焼き網というのは、なかなか無いモンです。
 
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今日は、こんな配置で宴会しました。

縁側の先にグリルを出して、そこで焼きながら、焼いたモノを縁側から居間へ移して…という流れ。庭の向こう側にグリルを置く場合は、庭にシートを敷いて座卓を持って行って食べる形になりそうです。今日は、雨の心配もあったので、軒先に近いところで焼きました。庭先で肉を焼いている間も、蚊はそれほど気にならず、風の通る軒先で快適に焼けました。この配置は、パターンの一つとして定着しそう。

よく食べ、よく飲み、よく喋った宴会でした。この席で話がでたのが、2015年1月に催して以来の「あん餅雑煮パーティー」をやってはどうか?という話。やるとしたら、次は2019年1月になるので、4年ぶりの開催。ちょっと考えてみます。
 
23:22  |  日々の出来事  |  Comment(0)

台風21号の通過翌日

2018.09.05 (Wed)

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昨日から、ズッと気になっていた北堀公園の様子を見に行ってきました。7月末に「立ち枯れしてるなぁ」と写真を撮ったその木でしょうか?
 
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そんな木がバッサバッサと倒れて、コースの北側は半分近くが、倒木で塞がった状態。しばらくランニングはできそうにありません。明日は、もう一つのホームコース宇治川一周コースを見に行ってくる予定。コッチは木が無い分、被害は少ないかも?
 
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そして、別宅は雨ざらしになっていた雨戸も乾いたようなので、戸袋に収納。これまたガッタンガッタンしながら、順に奥へ。縁側(内縁)の引き戸には、昔ながらのガラスが入っていて、今ではとても高価になり、もう同じ物は入手困難。コレが割れるとタイヘンな出費に。

さいわい裏庭にもガラスが割れるような物体は飛来してませんでした。とはいえ、今回は安心できた分、雨戸を出してヨカッタ。

裏庭と玄関先、ついでにオーナー宅の前と、家の中の掃除も終えて、ホッと一息。
 
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晩ご飯は、昭和気分にひたり、みりん干しと小松菜炒め。もうすぐ元号二つ向こうの時代になる昭和。こういう食事も二時代前のモノになるのでしょうか?

長かった昭和、をほぼ全部経験しているあの家。大きな戦争も経験し、物資のない時代もなんとか耐え、高度経済成長期にも外見上はほぼそのままの姿で過ごし、そして何度かの猛烈台風にも耐え、地震にも耐え、よくぞ今日まで立ち続けているものです。ただ建っているだけかもしれないけど、素晴らしい!

 
21:20  |  日々の出来事  |  Comment(0)

いろいろあったこと

2018.08.14 (Tue)

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8月10日隣駅近くのお寺でお盆の準備。このお寺の名前が「観音寺」。香川の人間なら、これは「かんおんじ」だけど、こっちではなんと読むのかな?もちろん弘法大師の像があります。
 
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東京新聞の連載記事で「草ぼうき」について書きましたが(この記事)、それを購入したのがこの荒物屋さん。昭和臭プンプンの店。これまで、何度も何度も前を通っていたのに、「え?こんな店あったっけ?」という店。それもそのはず、店主の都合で午後しか開いてない。午後といっても遅い時だと15時頃からのオープン。店主は高齢の人かと思いきや、意外と僕世代でした。いろいろ掘り出し物がありそうなので、ちょくちょく訪れてみよう思ってます(開いてればの話ですけど)。
 
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8月14日、久しぶりに我が家で撮影がありました。8月25日の日経新聞土曜版「NIKKEIプラス1」に僕が書いた記事が載りましたが、その記事の写真撮影でした。カメラマン一人での撮影だったのですが、一人撮影ならではの工夫を見せてもらったり(例えば自作のストロボスタンドとか)、チョットしたアシスタント(料理の湯気を意図する方向に扇いだり)楽しい撮影でした。

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5種類の料理を撮影したのですが、料理の撮影ってタイヘンだわ。料理本となると、最低この20倍は必要。きっと撮りきる頃にはヘトヘトになるだろうな。僕は、手順説明のわかりやすさでいうと、実は写真よりもイラストの方が分かりやすいと思うんです。必要な情報だけ描けますから。ただ、完成品の様子は写真の方が伝わると思います。

基本、一人仕事で、あとはメールのやり取りで仕事が進んで行く僕にとって、久しぶりに生身の人とコミュニケーション取りながらの仕事は刺激もあってイイ経験でした。
 
21:24  |  日々の出来事  |  Comment(0)

加奈子と買い物へ

2018.08.07 (Tue)

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8月8日から夏合宿で南アルプスの白峰三山を縦走予定の加奈子。思えば、昨年の夏合宿は大雨に降られ、ズボンも靴下も登山靴もズクズクで北アルプスを縦走。今年も台風が直後の南アルプスになることが決定。台風一過の晴天になれば!とは思うモノの、足下はドロドロでは?という予感も。僕も、「京都一周4分割マラニックその4」でドボン(川に浸かる)予定。

加奈子も僕も、濡れてもすぐ吸収してくれる靴下が必要。ということで、一緒に京都寺町のトレイスフェストへ。靴下を買いに行ったはずが、いつの間にやら登山靴も買うことに。これまで履いてきたキャラバンも、そういえば穴が開きかけていたり、だいぶん傷んでいたので、(登山靴としては)軽量でローカットのテクニカに乗り換えることに。ローカットになったぶん、足首の保護が気になるため、テーピングでカバーするべく「ニューハレXテープ」と「ロールテープ」を購入。
 
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結局、登山靴に靴下、テーピング素材、補給食などゴツイ買い物をすることに。せっかく四条河原町に来たから「ついでに」と、最近の加奈子のお気に入りの古着屋へ。そこで、見付けたマスター・ヨーダ様のTシャツ。一目惚れして購入。もう一着ロングTシャツも購入。古着は一点物なので、「また次来た時に」だと、たいてい会えない。一期一会。値段も手頃なのもあって、ピンと来たら購入。なんだか学生時代に戻った感覚。あの頃も古着ばっかり買ってた気がします。そういや、ステージ衣装はたいてい古着だったな。

 
22:41  |  日々の出来事  |  Comment(0)

TDL & TDSへ行ってきた

2018.08.02 (Thu)

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7月31日から8月2日まで2泊3日で東京ディズニーリゾートへ出掛けてました。京都を6:14に出発する朝一番の「のぞみ200号」で東京へ。シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルに荷物を置いて、チケットを買って、イザ!のディズニーシー

ディズニーリゾートに来るのは、2009年9月ぶり(この時)。加奈子と和子さんは、去年2人で行ってました。今年2月にアナハイムのディズニーランド・パークに行ったので(この時)、今年2度目のディズニーランド。9年前の東京ディズニーランドとはエライ違い。外国からの客の数がスゴイ。韓国、中国はもとより、タイやマレーシア、インドネシアと思われる人達も。
 
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ディズニーシーは、パイレーツ・サマー・キャンペーン中でした。パイレーツ・サマーバトル“ゲット・ウェット!”は、前の方で見ている人達は、ホンマにザブ濡れになってました。といっても最高気温34℃だったので、気持ちよさそうだったしすぐに乾いたことでしょう。
 
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今回もいろいろ乗りました。レイジング・スピリッツ。
 
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センター・オブ・ジ・アース。
 
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前回、加奈子と和子さんが行った時に「ヨカッタ」と言っていた、タワー・オブ・テラー。仕込みはなかなかオモシロイ。さすがに、フリーフォール自体はディズニー仕様のカワイイ落差。それでも、加奈子は大盛り上がりでした。
 
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夜の楽しみにしていたアクアトピアは、機材点検のために一次運休状態。夜遅くまでパークは開いているモノの、アトラクションやレストランは早めに終わっていき、「はてさて、どこへ?」に。ウロウロしていたら、“サルードス・アミーゴス!”グリーティングドックの場所に行き着く。しかも、ちょっと覗くと、そんなに待ち時間もなさそう。ミッキーよりもドナルドの加奈子はノリノリ。僕らの順番の前に、ドナルドは一度「服を着替える」ために裏へ。早き替えのドナルドが出てきて、ひととおり撮影。これで終わりかと思ったら、
 
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「ややっ!」
というドナルドの動き。僕ら父娘の顔をキョロキョロ見ながら、指さして驚きのポーズ。顔がそっくりだと言いたそうでした。

今回、加奈子がハマったのはマーメイドラグーンシアター。アリエルの歌がヨカッタそうな。以前にも見ているはずなんだけど、「その時はわかってなかったわ」とのこと。年齢とともに、良さが広がってる。よきことです。帰宅後も、しばらくは「そして歩く なんて言った? ああ!足!」と歌ってました。
 
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2日目はディズニーランド。東京ディズニーリゾート35周年 “Happiest Celebration!”イベントはシーよりもランドの方が全面にアピールしている感じでした。
 
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前から、なかなか入る機会のなかったクイーン・オブ・ハートのバンケットホールへ。朝、かなりシッカリ食べていたので、ここでは軽く。ハートの女王やチシャネコの造形が映画と少しずつ違っていて、どうも気分が乗りきらない感じでした。
 
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ビッグサンダーマウンテン。とりあえず、これに乗って気分盛り上げ。スペースマウンテン、スプラッシュッマウンテンという、マウンテン3種盛りは外さず。
 
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和子さんの昼寝スポットが、このスイスファミリー・ツリーハウス。なんてったって人は少ないし、静かだし、風通しはいいし。のんびり過ごすには最適!だそうです。
 
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新しくなったイッツ・ア・スモールワールド。
 
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夕食は、グランマ・サラのキッチン。スプラッシュマウンテンで、滝壺に落ちた後、いばらの茂みに帰る場面で見掛けるカフェ的な場所。長年、「あそこへはどうやって行けば?」と思っていたので、今回無事に解決。

9年ぶりのディズニーリゾートは、ランドもシーも、食べ物が美味しくなっていた。前ほど、キャラクターがテーマパークないに現れることはなかった。キャスト(スタッフ)の数が以前よりも減っているように感じた。

2日とも暑かったけど、それなりに対策していったし、海がすぐ近いせいか、風はイイ感じに吹いていたので、それほどシンドくは感じなかった。
 
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3日目は、ディズニーリゾートを離れ都心をウロウロ。来年は大学受験なので、大学を見て回ろう!と出発。まずは慶應義塾大学大学三田キャンパス。ところが、加奈子はディズニーでの疲れが出たのか、都心の蒸し暑さにバテバテ。
 
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というわけで、あちこち回ろうプランは変更して、慶應の次は東大で終わり。東大は、オープンキャンパスの日だったようで、高校生らしき人達がイッパイ。模擬授業も各所で行われていた模様。そんな事前調査はまるでなし。銀杏メトロ食堂でカレーライスを食べる。売店で東大グッズを買う。あとは…と構内を歩いていると、見覚えのある顔。京都ノートルダム女子大学で、毎年、僕を講座講師に呼んでくれる岩崎さん。そして横には彼女の話によく登場する息子さん。帰省ついでに母校訪問中だったのかな?

帰りに、「せっかく本郷まで来てるのなら」と御茶ノ水に寄ってもらい、楽器屋さんを覗く。で、楽器屋から出てフト見ると、目の前に明治大学。治大学もオープンキャンパスの日だったようで、人がたくさん。事前申し込みがないと入れないらしく、売店でグッズを買うだけに。

本当は、お茶の水女子大学やキャンパスがオシャレと噂の立教大学も覗こうかと思ってたのですが、以前は関東の大学を第一志望にしていたのが、どうも最近、関西の大学を第一志望に変えたようで、あんまり興味自体も薄らいでいた様子。ま、それはそれでアリ。

 
22:50  |  日々の出来事  |  Comment(0)

梅雨明け

2018.07.09 (Mon)


今朝も、昨日、鍵を落としたであろう地点までランニング。

今日は「もしかして、地面に落ちていた鍵を、誰かが塀の上なんかに置いているかもしれない」という視点で探索。

結局、今日も見付からず、警察からも連絡はなく、「もしかして、家の中にあったりして」と思えども、やっぱり出てこず。

画像は、昨日、走ったのと同じ場所で、出会った光景。

手前は梅雨、向こうは夏!

何という明暗差!この数時間後、気象庁から「梅雨明け」がアナウンスされました。
京都市内は、梅雨明けの目処として、祇園祭前祭の前後と聞いたことがありますが、今年は1週間早く梅雨明けしました。今年の祇園祭前祭は、三連休と重なるんですね。今、知りました。

 
19:34  |  日々の出来事  |  Comment(0)

久しぶりにRUN!が、人生初の経験をすることに…

2018.07.08 (Sun)

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雨があがった!久しぶりに走れる!そろそろ水も引いただろうし、コースも乾いてきただろうから、ランニングコースの確認も兼ねて、やや出遅れ感ありの時間(8:55)だけど、走りに出ることに。
 
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今回の雨での宇治川の水量は、よくコントロールされたようで、水位はそんなに上がっていない。桂川と鴨川がかなり水位が上がって、危なかったのに比べると、いたって平常運行。やや水位が高いな…という普段の大雨レベル。
 
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昨年の台風の後だったかは、この観月橋の下をくぐるところには、漂流物が溜まっていたり、コース途中にも流れ着いたペットボトルが散乱していたけど、今回はまったくなし。

コース良し!雨さえ降っていなければ、この先、また練習できそう!

…まではヨカッタのですが、実は、途中で右ポケットに入れているはずの家の鍵がないことに気付く。普段は、自分で鍵をして、ポケットに入れて、走り出すんだけど、今日は、加奈子が留守番していたので、自分で鍵をせずに走り始めました。

「もしかすると、鍵を入れ忘れたかな?帰ってから探せばいいや」

と思ってとりあえず家まで帰る。留守番していた加奈子に玄関を開けてもらい中に入る。で、家の中を探してみたけど、やっぱりない。もう一度、「鍵がない!」と気付いた場所まで戻りながら確認。もう一度、家まで確認しながら帰るけど、それでもない。
 
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かくなるうえは観念して、交番へ。届けの手続きもする。対応のおまわりさんは、なかなか感じのイイ人でした。

これまでに何度も、鍵をなくす危機はあったけど、いつも探せば見付かった家の鍵。今の家に移ってきて13年と2ヶ月。今の家の鍵だけじゃなくて、これまで住んだ何軒の家も含めて、もしかすると今日、

人生ではじめて家の鍵をなくした!

のかもしれない。そういえば、なくした記憶がないし。いやいや、嫌な記憶なので忘れてるだけ?と思ったりもするけど、きっと経験がないと思う。

人生初というのは、なにごとにおいてもインパクト大です。いやはやガックリ。しかも家のマスターキーだったので、さらにガックリ。加奈子が家の鍵を2本持っていたので、1本もらいました。加奈子の修学旅行土産の沖縄の亀のキーホルダー付き。
 
19:31  |  日々の出来事  |  Comment(0)

数十年に一度の大雨

2018.07.06 (Fri)

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今日の日中は、iPhoneのアラート音がよく鳴りました。昨日は朝と夜に鳴っていたけど、今日はお昼前後と夕方に。

我が家は丘陵地の中ほどにあるので、水没の可能性は低いし、かといって傾斜地も向きが違うので、土砂災害のリスクもそれほど高くない。アラートを聞いて、即対応!というほどの危機感はない。とはいえ、これだけ鳴り続けると、さすがに「いつ雨が止むのか?」気になる。

桂川上流の日吉ダムがすでに満水であるとか、その流れる先の桂川もギリギリだとかで、やっぱり川が氾濫するのか?!と思ったりしたけど、日吉ダムの放流が始まったくらいに雨が小康状態に。なんと幸運な。

天気予報によると、明け方近くに、また土砂降りらしい。「もう雨は飽きた!」と言いたいところだけど、こればっかりはどうしようもない。数十年に一度の大雨が、温暖化が影響しているのか、気候変動で十年に一度、数年に一度になっていくのかもしれない。

冷蔵庫の中の、「残り物」や「あるもん」で過ごしています。つまり、普段と同じってコトですけど。

今日の午前中は、免許更新日を忘れて、ウッカリ失効の和子はんを、本日休校の加奈子と、運転免許センターへ送る。行きに、羽束師橋を通る時に、東向きがかなり長い渋滞になっているのを確認していたので、帰りは、羽束師橋を通らず、納所(淀)まで回って帰宅。途中で、桂川の様子を確認。普段の様子とはまったく違う荒々しい桂川。無事に帰宅して、玄関まできて、アレ?

「家の鍵を持って出てない!」

と気付く。僕が先に自動車に乗り込んだ後、和子さんが玄関を閉めた。それに気付かず、車のキーしか持って出ていない。この雨の中、締め出し?

「マジですか!カンベンしてよ」と、諦めかけて裏に回ると、勝手口はやっぱりロック。でも、掃き出し窓の雨戸ロックが、なんと解除状態。雨戸、網戸、窓と動かすと、室内に入れる。ヤレヤレ、とりあえず締め出しは回避された。裏から入って、玄関を開けて、加奈子を中に…と思ったら、玄関は表からしか開かないロック。鍵を持って、もう一度裏から出て、表に回って玄関ロック解除。その間にずぶ濡れ。やれやれ。

しかし…もしも雨戸のロックがONのままだったら…ユルいセキュリティーでよかった!(でいいのか?)。

 
23:45  |  日々の出来事  |  Comment(0)

義父を見送りました

2018.07.04 (Wed)

6月29日(金)の午前1時15分頃、急に電話が鳴る。

どこかの酔っ払いが間違えて電話してきたのか?折りしもその日は、サッカー日本代表が決勝トーナメントを決めた夜。酔っ払って、間違えてウチにかけてくるヤツがいる可能性も捨てがたい。受話器は取るけど無言。あちらも無言。しばらくするとプツッと切れる。「やれやれ」と思いながらベッドに戻ると、数分後にまた鳴る。

今度もしばらく無言。だけど、今回は「もしもし」という聞き覚えのある女性の声。義母だ。
「もしもし」
「あ、亮ちゃん?父ちゃんが死んでしもた」
「え?え?…えーーーッ!!!ちょっと待って、和子さん起こすわ!!」
と隣の部屋の和子さんを起こす。
「行正はん亡くなったって、今、京子はんから電話が!」
「えええ!なんで?ウソォー!!」と絶叫し、
電話を変わった途端に、「なんで?」「いつ?」と言った後、しばらくして泣き崩れる和子さん。ここまで泣く和子さんははじめてだった。

数年前から少しずつ調子が悪くなってきた義父。とはいえ、こんなにも早くに別れがくるとは思っていませんでした。数週間前に見舞いに行ったら、声は弱々しいながらも、「亮ちゃん!来てくれたんや。すまんなぁ」と答えていたのに。普段通り、就寝時間に寝た後、ゼロ時の見回りの際には、すでに呼吸と心臓が停止していたとのこと。

和子さんは、そのまま迎えに来た義姉と一緒に、二駅隣の義母宅へ行き、朝までに手続きをすませ、家に帰ってきました。和子さんから「遺影に使える写真を探しといて」と言われて、午前中、二人を学校と職場へ見送った後、すぐにデータを検索。写真に写りたがらない義父の写真を探すのは至難の業。あっても、横を向いていたり、手で遮られていたり。あまりに一所懸命探していたのか、生ゴミを出すのを忘れてしまうという、ありえないミス。臭い封じのために、ジップロックをして冷凍庫にストックしている生ゴミは、次の回収日である火曜日まで溜めることに。

午後、家に帰ってきた義父の亡骸に挨拶をしに、大雨の合間をぬって加奈子と義母宅へ。和子さんも仕事を早めに切り上げて、義母宅で合流。加奈子は、そこから義姉の夫が教える数学塾へ。

まさかこんなことになるとは予想だにしていなかったので、土曜日は和子さんは普通に仕事、僕はSHARP製品の体験会。その瞬間だけは、いろいろ忘れて仕事モード全開。久しぶりの大阪で、むさぼるように情報収集。SHARPのついでにNTTとPanasonicにも寄って新製品体験。帰って、喪服に着替えて、いざお通夜へ。

遺影を見て驚き。写真を探したものの、結局、使えそうなものが見当たらず、「とりあえず」で送った画像は、3週間前にお見舞いに行った時のパジャマ姿。その画像の顔部分がスーツ姿と合成され、「それなり」に見える画像になってるでないの!会場に入ってすぐに「おおお!あの写真の顔が!!」でした。もとの画像をよく見ると、確かに首が真っ直ぐなのと顔の向きもイイ角度。惜しむらくは、iPhoneSEの貧弱なインカメラではなく、せめてアウトカメラで撮られたものだと、より鮮明だったはず。

お坊さんの読経は、これまでに聞いたこともない呪文系が大半。終盤、急にミュージカル系に。僕の祖父母宅のおつとめと大学院(佛教大学)で浄土宗のお経には馴染みがあるけど、浄土真宗のお経がこれほどまでに自由とは知らなかった。全体的に自由なのか?それともこのお坊さんが自由なのか?それはわからないけど、とにかくはじめて聞くタイプのお経でした。

お通夜で、和子さんの伯母さん叔父さん従姉に当たる人達とも同席。叔父さんに当たる人とは結婚してすぐに会って以来。伯母さんはかなり近所に住んでいるにも関わらず、初対面。「もしかすると、近所のスーパーで何度も会ってたかもね」という話に。亡くなった義父は親類縁者が誰もいなくて、親類は義母側の人達だけ。義母から、結婚当時の話などを聞き、義父が義母とは再婚だったことを知る。

お通夜でアルコール摂取量が若干オーバーしたせいか、スッキリしない。とはいえ、日曜日の葬式後は斎場まで自動車を運転せねば。実はお葬式というものに、ちゃんと参列したのは初めて。棺にふたをする前に、遺体との隙間に花を摘める際は、いよいよお別れが近づいた感も出てきて、皆シンミリ。すすり泣く声も聞こえていたけど、進行役の男性の、「あ、あの…お顔の上には花をのせないようにして下さいね」でなんだか和やかな雰囲気に。「花乗せすぎや。ワシ、息でけへんやん」という声が聞こえてきそうな、どこかとぼけた義父のお見送りらしく、フッと笑みが漏れた瞬間でした。

霊柩車に棺を積む際、男手は全員参加。もっと重たいのかと思ったら、意外と軽くて驚き。重たい棺はトコトン重たいのかもしれないけど、高齢化著しいこのご時世、見送る方も高齢化しているから、軽量化されてきてるのかな?

霊柩車を先頭に、1台のタクシーと3台の自家用車が連なって、京都市中央斎場へ向かう。事前に、場所をGoogle マップで確認。すると、京都一周トレイル東山コースの「東山13」から登ったところと判明。国道1号線からの入り口がわかりにくいけど、そこは先導に任せるとする。和子さんと二人の車内。ここまでの進行を振り返ったり、この先のことを話したり。ここ数週間、自動車の運転は僕の担当。和子さんは、誕生日を一ヶ月過ぎたのを忘れていて、免許更新をウッカリ失効中。

京都市中央斎場は、思っていたよりもキレイな建物。駐車場が満車の場合は、車で待つように言われていたけど、駐車場にはかなりの余裕がありました。斎場では淡々とプロセスが進んでいくんですね。自動ドアが閉まっていよいよ火葬へ。その間、遺族は待合室のような、カレーライスやうどん、コーヒーや紅茶、ジュースが売ってある学食のような食堂で待つ。エアコンも快適で、スリーシーズンの喪服を着ていても快適に過ごせました。

僕たちが斎場に着いた時、一つ前のグループが斜め隣のテーブルで待っていたのですが、1時間くらいしてそのテーブルが空いたのを見て、「そろそろかな?」と思ったら、本当に進行担当さんが「焼き終わったようです」と呼びにきました。葬式もはじめてなら、遺骨を見るのもはじめて。担当さんは骨を分類しながら、「これが脚の指ですね」「こちらが大腿骨」「肋骨があって…はい、ありました、第二頸椎、俗に喉仏と言われる骨です。砕けていることも多いんですけど、キレイに残っていました。ほら、こちら向きに座禅を組むお坊さんのように見えませんか?」と丁寧な解説も。

骨壺には、その第二頸椎までを先に、そして第二頸椎をキレイに収めた後、頭部の骨を入れ、最後に頭蓋骨頭頂部でふたをするという順に入れられました。

来た時とは別のルートで、再びセレモニー会場へ向けて出発。斎場にいたのは1時間半くらいでした。「今日は、思った以上にスムーズだった」とは進行の担当さん。帰りは担当さんの先導。「え?ちょっと周り道じゃないの?」と思った帰りのルートは、ルートが重なる=不幸が重ならないように、という配慮でとられたルートだったようです。

式場に帰ってくると、最後の法要である初七日。本来は亡くなって七日目に行う初七日も、最近は葬儀当日に行うことも多いそう。毎度集まるのもタイヘンだからかな。初七日の祭壇は、これまでとはうって変わった現代的な様相。非日常的な法要から、だんだん日常生活に戻ってくる感覚。

最後に、会食をして締めだったのだけど、なにしろ斎場での進行が予想外に早くて、会食はまだあかるい16時過ぎからスタート。斎場の食堂でひととおり食べたので、あまりお腹も減ってない。最後まで、全部食べきったのは孫世代達のみでは?僕もだいぶん頑張ってなんとか完食。「もう晩ご飯はいらんわ」状態に。

式場からの帰り、そのまま家に帰れるかと思いきや、持って帰る物が多くて、一度義母宅へ寄ることに。遺影に位牌、骨壺はもちろん、花や着替え類やなんやかんや。荷物はギリギリに。こんなことなら、トランクの中を空にして行けばよかった。和子さんを義母宅で下ろして、僕は帰宅。和子さんは、その後の段取りの打合せやらで、義母宅にて担当さんと打合せ。

夜10時頃、和子さんご帰宅。いろいろ家族トークで盛り上がったのもあったらしいけど、メインは担当さんの営業だったそうな。今回は、近所のセレマにお願いしたんだけど、担当さんはセレマの人ではなく、進行担当会社の人。セレマから手当が出るわけではなく、その後の営業がとれて、はじめて配当があるのだそうな。

葬式が終わって、3日。義父が生きていた時と変わらず日常生活は過ぎ、月曜日は毎年恒例の女子大での講義。昨日(火曜日)は、以前のお隣さんの友人主催のクラシックコンサートの準備手伝い。水曜日の今日になって、やっとホッと一息。

和子さんは、日々の出張は多いものの、住所は生まれてからずっと、親の家から10km以上離れたことのない人。一方の僕は、親とは100km以上離れて暮らすようになって、はや30年以上。親との物理的心理的距離感も全然違うんだろうなと、今回の件を経て思ったのでした。最初の一報が入った時に、「死に目に会えなかった」と嘆き悲しんでいた和子さんを見て、僕は全然ピンとこなかったけど、そこには「近くにいたのに」というのが含まれていたんだろうな。


ある日の昼下がり、電話が鳴る。
「あ!亮ちゃん?テレビが映れへんのやわ!ちょっと見に来てくれへん?」
声の主は義父。
「え?どんな感じ?」
「どのボタン押してもザーいうてるだけやねん」
自転車で10分ちょいの義父宅へ。
「よかった!今、点けるわな」

ザーーーーーー
(確かに、ザーっていってるけど、左上の「地アナ1」って…)

「あ、これね。ここのボタン(地デジ)を押すと…ほら!直ったでしょ?」
「ウワッ!こんな簡単に!こんなんにわざわざ来てもろて、ゴメンなぁ」
「もうこのボタン(地上アナログ)押しても、もう放送してないんやわ」
「そっかぁ」
テレビ好き(テレビ番組が好きと言うよりも、テレビという機械の存在が好き)な義父の、機材トラブル対応担当という感じだった僕と義父の関係。

あんなこともあったなぁと思い出しました。

 
16:51  |  日々の出来事  |  Comment(0)
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